朝早く宿を出て、セブシティーサウスバスターミナルに向かった。
モアルボアルという場所に行くことにしていたのだ。ゆっくり何もしない旅にするのだ。いまの僕にはぴったりの場所だとおもって決めた。南部行きのバスにのってモアルボアルは、セブシティーからは約3時間。バスターミナルでモアルボアルといえば乗るバスを教えてくれる。エアコンなしのバスで107ペソ。約320円。バスは時刻表なんかなく、ある程度いっぱいになったら発車するみたいだ。途中で乗客をピックアップしていく。海の綺麗な、小さな町。バスはひっきりなしに出ている。モアルボアルで降りたいと周りにいっておけば間違えない。
隣座ってもいいですか?
親子だった。僕はバックを置いていた隣の席を開けた。
女の子が、歌を歌い、目につくものすべてをリズムに乗せているよう。
僕はバスの車窓が好きだ。狭い道をかなりの猛スピードで走っているので、危なくない程度に風にあたり、流れ行く景色をたたただ眺める。少しして、その彼、さっきの彼女が静かになっている。ふと隣に目をやった。 狭い座席、動きがダイレクトに伝わる。何かもさもさと動いている。よく見ると、女の子が吐いていた。それをお母さんは上手にビニールでうけとめていた。僕もバックからトイレットペーパーとビニールを出して差し出したが、大丈夫だという。
必要な部分だけ切り取ってクリアファイルに入れて持ち運んでいたガイドブック。それを車窓を見る合間に見たり見なかったり。でも、ある時、ガイドブックの一枚を見ていたその時。その一枚が飛んだ。
僕と隣の親子の三人は、同時にその紙きれの行方を見つめ、
『あ!!』
と叫んだ。
結局、その紙切れはさっと飛んだだけで、娘の手元に僕のガイドブックの一枚は落ちた。その瞬間、3人は目を見合わせて少し間を置いてから笑った。
そのことがあって、きっと、少しは距離が縮まった。女の子は僕の目を見て、チャイニーズ。といった。ややリズムに乗った調子で。違う、ジャパニースだと言ってもそんなことは彼女は構わない。
チャイニーズ。なんどもなんどもいろんなリズムに乗ってその単語を繰り返した。僕の目を見てチャイニーズ。きっとあの紙切れの言語を中国語だと思っている。僕のこともチャイニーズだと思っているのかはわからない。ジャパニーズだよ、といっても不思議な顔をして僕の顔を見た。お母さんも違うのよ、なんて娘に優しく諭した。今度はチャプステクス。箸。それを繰り返し歌った。それが終わると、あの紙切れの、写真。ガイドブックの見所の写真。目につくところから、声に出し、単語にし、歌にした。一つずつ、チャーチ。教会。フィリピンの食べ物の写真。ピッグ。豚。などなど。そこに掲載されている見所の単語が繰り返された。彼女の歌声と笑顔で、穏やかな雰囲気が醸し出される。もう会うことのないかもしれない彼女にこう名つけた。チャプスティック・ガール。
僕は途中のモアルボアルで降りた。その親子に満面の笑みでさようならをされながら。
0 件のコメント:
コメントを投稿